ホロライブに「飽きた」とき。ホロライブから離れてわかったこと

36才の男シリーズ

前回の記事から2カ月。あっという間に過ぎてしまい驚いている。

「飽きた」というとピンとこない。ただ熱量が下がったのは事実だ。あんなに好きだったのにどうして…?と苦しんだこともある。

今は苦しむ回数が減り、軽い気持ちでホロライブと接している。何時間もパソコンに張り付くことはなくなった。面白そうな配信があれば見るし、興味がある切り抜きをみてはニヤつく。

我ながら良い距離感を保っているな、と思っている。

もし、私と同じように熱量が減り、苦しんでいる人がいたら…

そんなときは、さくらみこの名言:「推しは追えるときに追え」。そして大空スバルの名言:「一回離れた方が良いよマジで」を思い出して欲しい。

大空スバルの発言は「ホロライブに対して冷め気味になってきた、飽きたくないので乗り越え方を教えてください」への返答。

両方とも、義務化したら辛くなる。と言っている。

自分に対して正直になること、自分と向き合うこと。無理をして見るのではなく、楽しむために見る。きっとこれが正解だ。

今回はホロライブに起きた変化と、私の変化についてグダグダと書いていきたい。

※あくまで私が感じたこと、のため事実とは異なる場合がある。

ホロライブの変化

先に結論を言いたい。飽きた(ここではあえてこの言葉を使うが)のは、ホロライブの変化についていけなかったからだ。

ではホロライブの変化とは何か?一言で表すなら

ホロライブメンバーがホロライブに対して帰属意識を持つようになった、ということ。

5期生が加入する前後あたりから、帰属意識が強くなっていったと感じている。

それまでは、身もふたもない言い方をしてしまうと、ホロライブメンバーは「別にホロライブじゃなくてもいい」と思っていたのではないか。

可愛いアバターがあって配信ができるならどこでもいい。にじさんじでもホロライブでも。特にホロライブである必要はなかった。

しかし、様々なトラブルを乗り越え、段々と「ホロライブが好き」「ホロライブじゃないとダメ」になっていった。運営がまとも(所属タレントを守るよう)になったもの大きい。

帰属意識は、誰かから強制されるものではなく、一人一人の内面でゆっくりと変わっていくものだ。

今では多くのホロライブメンバーが、ホロライブを信用し、安心感を持っているのではないか。

戌神ころねの変化

戌神ころねの変化は、ホロライブの変化に気づくきっかけになる。

戌神ころねと言えば、極度の人見知り。コラボではガチガチになり、態度が悪いと言われても仕方がないレベルだった。

同じゲーマーズである、白上フブキ、大神ミオ、猫又おかゆにしか心を開かない。特に猫又おかゆと密着していて2人だけの世界になりがち。

後に加入した3期生の宝鐘マリンとは楽しそうにしていたが、それでも人見知りは変わることはなかった。

そんな戌神ころねだが、知らぬ間に色々な人とコラボをするようになった。

マネージャーが変わったときのエピソードでは、「無理にね、あっちからこずに、ころねがくるまで待ってくれた」「ころねが心開くまでちゃんと待っててくれたいい人なの」と語っている。

こういった出来事を経て、ホロライブに対して、世の中に対して、心を開いていったのだろう。

私の変化

これらの変化に私はついていけていない。

1年と4カ月前、私がホロライブに出会ったときは、ホロライブメンバーはやりたいことがわかっていない陰キャの集まりだった(直球)。

人見知りでコミュ障の陰キャ軍団をみて、勝手に仲間意識を持っていた。

そして今、ホロライブで歩み続けた彼女たちと、何も変わっていない自分にできた大きな差。

「取り残された自分」、これが苦しみの原因だと分析している。この分析はおそらく正しい。

彼女たちが変われば変わるほど、私の熱量は奪われていく。

彼女たちが輝けば輝くほど、私の苦しみは大きくなっていく。

そんなことに気づいた2カ月だった。

じゃあどうすればいいのか?

それに対する答えはまだない。